ハッピーエンド後日談
真っ暗闇の中で、一筋の光を見たんだ。それは暖かくて、優しくて、すごく力強かった。俺の腕を掴んで、こっちへ来いって言ってるみたいでさ。だからその光についてったの。
「そしたら目の前にべそかいた先輩がいてびっくりした」
「べそかいてねぇわ」
「いやそれは嘘じゃん」
ベッド脇に置かれた椅子へ腰掛けた五条が、ぶすくれた表情で悠仁の手を握っている。こんな顔をしていても放そうとしない様子から見て、五条の心の傷は悠仁が想像するよりずっと深いことがわかった。
悠仁の頭に、自身が死んだ時の記憶はない。謎の眠りから覚める直前の記憶がほんの少しあるだけだ。なので当然、目覚め一発目の涙目五条は本当に意味がわからなかったのだけれど。……話を聞く限りでは、相当の心労をかけてしまったようで申し訳なさが募る。
「でも……あの、ごめんね、先輩」
「なにが」
「いっぱい不安にさせちゃっただろ」
五条の部屋には、死者にかける術などの禁書がまばらに置かれていた。遺体を腐らせない方法、魂を封印する方法、死者を呼び戻す方法………ほんのり不穏なものばかりが並んでいて恐ろしい。禁書と言うくらいなので、これらは当然、使ってはいけない術だ。五条もそれは理解しているはず。理解した上で持ち出し、読み漁った。こんなものに縋ってしまうほど追い込んだ責任は、否が応でも感じてしまう。
自分が死んだことで負った五条の心の傷は、どうやって癒せばいいのだろう。
「別に……ちゃんと俺のところに帰ってきたから、許す」
五条は悠仁の手首に巻かれたブレスレットを撫でると、ふと視線を上げてこちらを見た。
あ、この目は。
そう思った時にはすでに、視界に影が差していて。柔らかな感触がそっと唇を掠め、数ミリ先へ離れていく。そして吐息が当たるほどの距離で、五条は悠仁の名を呼んだ。ひどく甘やかで、それでいて迷子の子供が泣き出す寸前のような、そんな声で。
せんぱい、せんぱい。俺はここにいるよ。もう離れたりしないよ。
今の悠仁がどんな言葉を紡いでも、きっと真の意味で安心させることはできないだろう。どこまでも強く、それゆえ置いていかれる側でしかない五条に悠仁の思いを正しく伝えるには、これから先の人生を隣で歩むしか方法はない。頭の片隅で、そう悟った。
「せんぱい」
「ん」
「俺、これからもっと強くなるよ」
「うん」
「そんでちゃんと、自分の足で先輩の元へ帰ってくる」
最強の男と共に生きるには、同じくらい強くなきゃいけない。決して簡単な道のりではない。それは理解している。でも、この人をもう二度と悲しませないように。もう二度と、あんな涙を流させないために。
「一生、なにがあっても、先輩の隣にいるよ」
「……うん」
そうして。
か細い声は悠仁の肩口へ消えた。生ぬるい感触がするのには、気づかないふりをして。そっと、大きな背中に手を回した。
「………一応確認なんだけどさ」
「なに」
「異世界?の俺と浮気とかしてねぇよな?」
「………………してない」
「…………………………」
「イッテェ!!うそうそ悪い!ちょっとデコチューしたけど、あれはお前の体だったしノーカン、待て待てマジでごめんなさい」
心の傷を癒すより先に、少し『お話』をする必要がありそうだ。



